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お母さん  ありがとう

私をいくつになっても子ども扱いをしていた お母さん

本当に 本当に  お疲れ様でした。


29日の午後2時30分に息をひきとりました。

今日の午後18時にお通夜を行い、

明日9月1日に葬儀を行います。

下関の楠乃という場所にある“下関典礼会館”という所(母の希望)で見送ります。

私と姉とで、笑顔で母を見送ってあげたいと思います。


お母さん 本当にお疲れ様でした。


でも、私はあえて ありがとうございました。


と、母には言ってあげたいです。



落ち着いたらまたゆっくりアップしていきたいと思います。
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母の気分転換

以前からうなぎが食べたいと言っていた母(根っからのうなぎ好き)を病院から拉致(病院にはちゃんと許可を取りました)して姉と姉の息子(高1)の四人でドライブに出かけました。

その前に介護用品を扱ってる“ひま○り”に寄って、レンタルで車椅子を借りた。
もしかしたら必要がないかもしれないけど、なにかで必要になってくるかもしれないので借りておくことにしたのです。

母を乗せて一路うなぎ屋“若松”へ向かい、ゆっくり食べ過ごしてもらった。 量的にはあまり食べられなかった(食べる量が減ってきている)けど、母はとても『美味しい 美味しい』と喜んでくれた。

次に向かったのが、母の実家のお墓があるお寺。
お爺ちゃんとお婆ちゃん(母の両親)が眠っているお寺にお墓参りをしたいとずっと言っていたからいつかは連れて行ってあげたいと思っていたんだけど、なにせお墓にたどり着くまでに階段がある。
(母が入院する前に連れて行ってあげれば良かったなと後悔してます。)
当然のごとく母は、『お墓参りは階段があるから無理』と言うのでお寺の下に車を止めて車の中から拝んでもらうことにしました。
その代わり、私と甥っ子で長い階段を上って二人でお墓参りをしました。
本当はしない方がいいんだろうけど、お墓まで行けなかった母のためにお墓の写真を撮ってきました。
母がどうしてもお墓参りがしたいと言っていた理由が分かっているだけに撮って見せてあげれば行ったという気持ちになってくれると思う。

その場その場で姉と行き先を決めていた今回のドライブ、以上の場所がどうしても母が行きたかった所なのでその後は私と姉で勝手に決めて母を連れて行きました。

次に行った所は、私達姉妹が幼少の頃から住んで育った実家(今はありませんが)。
父と母が我が家に来るまでずっと住んでた思い出の地です。
実家が建っていた土地の半分にはもう家が建っていますが、実家で育てていた“八朔”(毎年実が生ってました)の木ごとその家の方が買い取ってくれたのでいまでもその“八朔”には実が生ってます。(近くに行くたびに時々覗かせてもらってます)
この木を見る事が好きな母を連れて行ってまだあったということで喜んでました。

次に行った所は、“老の山公園”で今回は新しくできた道から上ってみました。
もとからの道(坂)の方を上ればよかったなと後悔。
新しい道から上がったら遊具がある公園だけだった。


ここを後にして、みんなで“カキ氷”が食べたいねという事で私が知ってる美味しいお店に行ったのですが《臨時休業》でした。
いろいろ回ったのですが、休みやかき氷を辞めたと言う所ばかりだったので仕方なく“ロー○ン”で袋入りのカキ氷を買って、我が家に帰ってから食べました。
母にとっては、かえってその方が良かったのかもしれません。
家に少しでも帰れたんですからね。



今回の外出、Am11:00に病院を出てPm5:00過ぎに病院へ帰ってきました。
母にはちょっときつかった&疲れたかもしれませんが、喜んでくれた事は確かです。

こんな感じでこれからも母の体調が少しでも良い時に病院から連れ出していっぱいの思い出を作ってあげようと思っています。




1度腹水を抜くと次に溜まるまでの期間が早くなると言われたけど、本当なんですね。
7月31日に腹水を抜いて次の日は『苦しくなくなった 楽になった』と言っていた母ですが、少しずつ溜まりだしていた2度目の腹水が今日では『また苦しくなってきた』と言ってました。
お腹も結構出てきてました。
本当に早いですね。

お盆に帰るつもりでいる母、『帰る前にこの腹水を抜いてもらわないと苦しいもんね』と言ってましたが本当に帰れるのでしょうか。
先生は足のむくみがなくなったら帰れるからねと言ってましたが、もう引く事はないだろうと私は思ってます。

もし帰れるのであれば、少しでもいいから家で過ごさせてあげたいという事で帰すのだろうと思います。






ドライブ中の車の中で母がポツリと話した事で、思わず泣きそうになった事がありました。
下関市と門司の合同であげる花火。
毎年8月13日に“海峡花火大会”がある。

母『今年は無理だから来年は泊りがけで見たいね。みんなは泊まらなくても予約してもらえばみんなと一緒に見た後で、お母さんだけ一人で泊まってもいいしね』

この言葉を母から聞いた時、本当に泣きそうになりましたがこらえました。
母には来年なんてないんです(あってくれれば本当にいいのですが)
そんな母がこんな事を言って来た時、母が可哀想で可哀想でたまらなかった。


今年の花火は必ず見せてあげよう。
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行動に移す事って難しい

お盆まではもたないと言われてから仕事を休んでいます。
正確には7月の30日から介護休暇を貰って8月いっぱいまで休み、母の事だけを診ていこうと思います。
もちろん姉と一緒にですけど。



お腹に腹水がたまり『苦しい 苦しい』と言っていた母親を楽にするため、先生が昨日の晩腹水を抜いてくれました。
母親のお腹の中に溜まってた腹水です。

20120731母様腹水 2
この管の先は、母親のお腹に針で刺してます。

20120731母様腹水 1
これだけの水?がお腹の中に溜まってました。


腹水にしてはあまりにも赤過ぎるので、先生に『もしかして、肝臓が破裂してるのでは?』と聞いたところ『表面が破裂してます』との事だった。

やっぱりなぁ~

腹水は溜まる、足はむくむ、黄疸は出てる。
そして、肝臓の破裂。

本当に長くないんだなと実感させられた。


だからどこかに連れて行くとか、美味しいものを食べさせてあげるって事をするんだったら今週末までが限度って言われている。
それ以降はいつ急変するか分からないから今のところ以降の許可はでなかった。


母の実家の墓参り(長い階段がある)、一の俣温泉(病院から車で50分ぐらいかかる)、うな重を食べる。

今のところ母親が言ってる事なので叶えてあげたいんだけど、ひとつひとつ問題がある。

母親の実家の墓参りは、長い長い階段があり私達でさえ上るのがきついのに体力がなくなってる(ゆっくりだったらまだ歩ける)母親にはとてもじゃないけど無理。
ただし、階段の下までは車で行けそうだけどハッキリ言って大丈夫とは言えない。


一の俣温泉は『距離的にはあるもんねぇ~』って、先生も言ってたけど『行っても様態が悪化したら救急車で病院に戻って来てくださいね』とも言ってた。
と言う事は、それほど母親の病状はよくないって事なのよね。


どんな事があっても私と姉は母親が亡くなる事を覚悟してる。(気持ち的には)

一の俣温泉に連れて行った事で急変して亡くなったとしても、母親が『来れて良かった』と喜んでくれたのならそれでも良いと思うと姉は言う。
私も最初は思った(姉に押されたからかもしれない)


と言うのも、また迷いが出てきてる。

母親に先が長くないという事は分かっているけど、それでも1日でもいいから長生きしてほしいと思うのが子供としての私の本心。
それを連れて行って様態が悪化して亡くなったとしても『連れて行かなければよかった』というような後悔はしない。と、思っていたんだけど
これって私達(姉妹)の方の意見(願望)よね。

母親は良くなろうとして頑張っている。
私も1日でもいいから長生きをしてほしい。

もちろん連れて行ってみないとどうなるかは分からない。
悪化もしないで帰れる(病院へ)かもしれないし、先生が言うように悪化するかもしれない。

だから連れて行って命を縮めるか、連れて行かないで1日でもいいから長生きをしてほしいか。
これも私の考えだからなんとも言えないんだけど・・・・。。。

このような経験をした方が、もしこれを読んでいただけたらご意見をお聞かせください。
お願いします。


母親には、肝臓癌である事は言ってるけど亡くなる事は最期まで言うつもりはない。
だから『一の俣温泉に行く事で死ぬ(様態が悪化する)かもしれないよ』とは言えない。
本当にどうしたら良いのか分からない。
母親の願望は叶えてあげたいけど・・・・。。。


また腹水が溜まるだろうから、それまでの間にいろいろな事をしてあげたい。
この気持ちで、今私は葛藤しています。


姉の言うように実行に移した方が良いんだろうか。

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思い出をいっぱい作ってあげたい

前回(16日)の更新から10日経った今日。


その前に、メグやんさん  kurimikiさん  桜ちゃん  ロゼママさんコメント本当にありがとうございます。
コメント欄にてのお返事ができなくてごめんなさい。
日々体力が落ちてきてる母を見るのが辛く、病院に行くのも姉と一緒じゃなきゃ行けなかった私ですが、残り少ない母の為そんな事も行ってられず仕事帰りに行く(ひとりでも)ようにしました。
そんな毎日を送っていますので、いただいたコメントを読むだけになってますがとてもありがたく思っています。



これ以上母の事を書こうかどうか迷いましたが、自分が挫けないよう自分を奮い立たせるために書いていこうと決めました。






16日に余命3ヶ月~6ヶ月と言われてから1週間後、母の両足(くるぶしから指先まで)がむくんでいた。
そして次の日には両膝から下がパンパンにむくんでいた。
母曰く、痛みはないと言う。
お腹もスッキリしないので、病院から下剤を貰って飲んだら出るものは出たけどまだスッキリしないと言っていた。

これだけ聞くとお腹の中の物はもしかしたら“腹水”じゃないのか?
と、姉と話していた。
お腹に“腹水”が溜まりだすと寿命がカウントダウンされる。



そして今日、私は仕事の都合でどうしても病院に行かれなかった。
用事が済んで家に帰ったら、昼間に姉と、母の弟(内科医)と母の妹が病院に行って先生から聞いた話をとぅちゃんに伝えてたらしく、私に話してくれた。

担当医の話では、お腹の中はやっぱり腹水だそうです。
そして、黄疸も出ていると言う事でした。

それから3ヶ月~6ヶ月と言っていた余命ですが、そこまでもたない事を言われたようです。
ハッキリ言われて、このお盆まではもたないだろうということでした。


それからの私は脱力感が・・・・。。。


夜、再び姉が我が家に来てこれからの事を話し合った結果。


本当は明日、母の実家のお墓参りに姉と母の妹とで母を連れて行ってあげるため仕事を休む予定だったのですが、行ける状態じゃないので午前中に会社に行って8月いっぱい(今のところ)お休みをいただくことにしました。

そして、姉と二人で協力して母の好きな事などをしてあげて母を笑顔のまま送ってあげる(まだ元気ですが)事にしました。


母が『ここに行きたい』とか『あそこに行きたい』と言えば連れて行ってあげる。
ただし、母がきついと言うのに無理には連れて行きませんけど。
どうしても行きたいと言う所だけにします。

たとえそれが行った先で母の体調に変化が起きたとしても、母が『来れて良かった』と喜んでくれたのならどんな事があっても『連れて行かなければ良かった』と後悔はするまいと姉と話し合いで決めました。

普通だったら『病人を連れまわして』と思われるかもしれませんが、母に喜ぶ顔をさせたいと思うのでそう決めました。



今ふたりの娘は、母についててあげる事が最後の親孝行だと思っています。



もしかしたら、このまま退院できずじまいかと思っていたのですが、先生が『足の腫れが引いたら退院できるからね』と言ってました。
たしかに少しずつ腫れが引いてきてますが、これは薬で引いてきてるのでしょう。

だから退院はできると思うのですが、もしかしたらまたすぐに入院っていうことにもなるかもしれない。
こればかりは退院してみないことには分からないので、その後のことは退院後に考えます。


今は、私(や姉)が仕事を休んで母の側にいてあげる事だけを考えています。









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命って本当に儚い

肝臓の中に小さな癌がポツポツできてた。
その癌をやっつける為に“ラジオ波”なるもので癌を焼いていた。

それを1年ぐらい前からやっていたけど、今年に入って肝臓内のボツボツ癌が突然多くなっていた。
ラジオ波では間に合わなくなってきたので、カテーテルに変えた。

が、4月に初めてカテーテルをした時に考えられない程多くなっていたので先生が抗がん剤を急遽肝臓に注入した。


そして、今回2度目のカテーテルを行った。
もちろん抗がん剤も注入したが、4月の時より癌の粒が多くなってる。
てなもんじゃなくなっていた。

肝臓自体、いや肝臓その物が癌になっていた。


今日 私ととぅちゃんと姉と看護士の姪っ子の4人で担当医の先生とお話をしてきた。

私と姉は、覚悟をしていた。

これからの事を話したんだけど、抗がん剤は今迄より期間は短くなる(今迄は3ヶ月に1回、これからは1ヶ月に1回になるかも)けど続けていくつもり、でも体調によってはやらない時もあるかもしれない。
体がもうカテーテルをやるのがキツイと言えば違う方法をする予定。

でも、こういう事を続けても・・・・・
仮に 何もしないでいても・・・・

とうとう 先生の口から寿命の期間が出てしまった。

そう “余命は?”である。


治療を何もしないでいたら  3ヶ月~半年

治療をしても確実なものは言えないらしい。
と言うのも効かなかったら  同じ 3ヶ月~半年

長くもったとしても  3ヶ月~1年  らしいです。



これは、今検査入院してる私の実母の事です。
80歳になるんだけど、体力は確かに落ちてきてる。
でも、見た目は元気なんです。
とても肝臓癌には見えない。
だから余計に余命が信じられないんです。

先生が話をしましょうと言われたとき、覚悟して行って来たんだけど
今日初めて聞かされた時、正直言葉が出ませんでした。


母には肝臓癌(状態も良くない)であるということは言ってますが、私と姉と先生の話し合いの結果 余命の事は最後まで言わない事にしました(辛いですが)


父親を平成16年7月に膵臓癌で亡くして、母も肝臓癌。
正直今の私の気持ちは、この先どうしたら良いのか分からない。

父の時は私も気丈に看病(入院は一切しなかった)ができたんだけど、なぜか父親の時と違ってどうしたらいいのか分からない。


ただ これからは姉と一緒に母のやりたいことなどを出来る限り叶えてあげて残りの人生を悔いなく過ごさせてあげようと思ってます。



今はまだこれくらいしか考えられないです。


ハァ~
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プロフィール

エル

Author:エル
☆ 我が家のボス : とぅちゃん 3月16日オギャァ~

☆ 我が家の長女 : クイーン 1998年4月9日オギャァ~
(2012年2月8日オヤスミナサイ)

☆ 我が家の次女 : エルフ 1999年5月22日オギャァ~(2010年2月23日オヤスミナサイ)

☆ 我が家の三女 : イヴ 2005年6月22日オギャァ~(2006年4月15日オヤスミナサイ)

☆ 我が家の四女 : エヴァ 2006年11月25日オギャァ~


☆ 子供達の世話係 : エル 3月6日オギャァ~


★クイーンとエルフはブラックのラブラドールレトリバー
★イヴとエバはチェサピークベイレトリバー


※エヴァがひとりっきりになりましたが、四人分(頭分)の賑やか さを持ってるので淋しさを紛らわしてくれてます。 




☆ セカンドブログはこちらです。
http://blog.livedoor.jp/
queen_elf_eve/
?blog_id=1359253

☆初めてのブログ
 http://www1.ezbbs.net/
30/kingutyan/       
 

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